キンコン西野さんが何故クリエイター達の怒りをここまで買ってしまったのか考える

これを書き始めている時はキンコン西野さんによる「金の奴隷宣言」から一週間ほどたとうとしている。

私がこの一連の炎上案件を知ったのはキンコン西野さんの暴言とされるブログの内容がRTされて回ってきたからなのだが、私自身は彼を数いる芸能人の一人としか認識しておらず、普段TVを見ない私は彼の出演した番組を見たことがない。あったとしても記憶にはなく、今回の件で「そういえば絵本書いたとか言ってたなあ」ぐらいの関心の薄さだった。

 

まず件の記事がこちらである。

 

lineblog.me

 

ちなみにこの内容は当時のツイッターを振り返るに初期の状態より多少の追記があるようなのでこれも覚えておきたい。

 

 

 

 

 彼のブログは恐ろしい速さで拡散されているので初期の時点で反応している人はこの部分を閲覧してはいない可能性が高く、また本人もここまで考えていたかはわからない。

 

そしてこの記事に対して多くのクリエイターさん達がかなりの批判を浴びせている。

その中でこの状況を分析した記事をいくつか紹介したい。無料公開などの問題点についてはとてもわかりやすく解説されている。

 

mistclast.hatenablog.com

 

d.hatena.ne.jp

 

bylines.news.yahoo.co.jp

 

 

 

 まず私自身が感じたこととして、彼は非常に調子にのってはいるが、内容は至極まともであり、絵本作家としての経歴を見ればクリエイターとしてもビジネスマンとしても非常に優秀だと思う。発言の中身は挑発的なきらいはあるが、自信のキャラクターとして理解した上での発言のようなのでまあいい。

 

ではなぜここまで多くのクリエイター達が反応してしまったのか。

それはキンコン西野さんの今回の発言が「クリエイターとビジネスマンの両方の属性を持っている状態での発言」だからだと思う。

 

商品を無料公開するということは上記のリンクにあげたとおり昨今はビジネスモデルとしては当然のものであり批判されるものではない。だがこれはあくまである程度の形を持った商品を扱うビジネスマンのなせる業であって、無形の技術を商品として提供するクリエイターにはかなり難易度の高い事なのである。

 

 今回無料にされた絵本は「物質化された」商品であり、キンコン西野さんを始めとするクリエイター達の「技術の結晶」である。クリエイター達との契約内容は明らかにされていないが、報酬は当然支払われているだろう。

 

この場合だとクリエイターは報酬を得、購入者はもとよりこの絵本の内容を無料で読んだ人は商品のクオリティに十分な納得を得て所有欲を満たす(あるいは体験をする)事ができる。そしてこのビジネスを構築したキンコン西野さんは絵本が売れ、売れずとも宣伝にはなる。

 

 ではクリエイターが「商品」を無料提供するとどうなるのか。

クリエイター達自身が持つ商品とは本などの物質化されたものではなく、商品を作る技術、いわば「ノウハウ」である。何かを作った経験がある人ならわかるだろうが(少なくとも義務教育中に図画工作を行ったはずである)、このノウハウは教えられたからといって簡単に再現出来るようなものではない。だからこそ作品には優劣こそあれど代替性がほぼないため一定のファンというものが存在する。

 

しかしこの技術にははっきりとした形が存在しない。歌やアニメなどは無料公開されているものの、あれは物質化され制限された「商品」である。そしてそれはクリエイター達が自分達の持つ技術にビジネスマンから対価を受け取る事と引き換えに具象化されたものだ。クリエイター達はこの具象化を個人、あるいは集団で行う事によってビジネスマン、あるいは消費者から対価を受け取っている。

いわばクリエイター達は「具象化された商品」が創造される「源泉」なのである。これが無料で、あるいは安価での提供を要求された場合、その対象が「具象化された商品」ならばビジネスマン達が販促方法に順ずる契約で守ってくれる。仮にビジネスマンがクリエイターを守らなかったとしてもクリエイターの有する技術は唯一無二に近いためクリエイター自身の判断で要求を断り自衛することができる。

 

 しかし忘れてはならないのはキンコン西野さんが今回クリエイターでありビジネスマンでもあるという事だ。つまり彼が彼の立場から発言した内容は「ビジネスマン側から”技術の源泉”の無料化を要求し、それをクリエイターが良しとしてしまった」という、本来なら決してありえない事を彼は一人で成し得てしまったのだ。

 

 

今回は声優さんがブログに実名を公表される事態となった。

歌手や漫画家はクリエイター個人の才能による部分が大きいため無料公開をしても、差はあれど売れた場合にそれなりの利益が見込まれる。

 

 しかし私の知る限りイラストレーターやライターは未だに扱いが軽いらしく、無報酬での依頼や賃金の未払いも多いようである。SNSでは対策方法の共有が活発であり、個人ではなく全体で業界を盛り上げようとしている。

 とりわけアニメ業界の場合は少々勝手が違う。現在のアニメは非常に複雑な分業制のもとに製作されており、クリエイターのほとんどは薄給である。そしてほとんどが自宅のテレビなどで視聴するために調整されており、映画館などの環境で差別化をはかる事が難しい。結果として違法ダウンロードでも間に合ってしまい、DVD等の販促は苦しい状況が続いている。そして最近の輝かしい業績とはうらはらに、大手制作会社の倒産や放送の一時中断と目に見えて崩壊がはじまっている。

 もちろんアニメ業界の人々が何もしてこなかったわけではない。SNSは活発に利用されておりクラウドファンディングや地方でのイベント、製作陣によるトークショーなど新規ファンの獲得や現ファンへのより深い体験の提供を行ってきている。アニメの表現規制に立ち向かう議員もおり、確実に世間への認知度は高まってきている。それでも結果を出すには大なり小なり時間が必要であり決定的な解決には至っていない。

 

 そこへ今回の「お金の奴隷解放宣言」である。彼がビジネスマンとしてこれを発言したのであればどんなに悪く取っても他の業界からやってきた「ブラック経営者」程度のものだっただろう。またクリエイターとして発言したとしても「こき使われるぞ」ぐらいにしか思われなかっただろう。

 しかし先に記述したとおりキンコン西野さんはこの両者の特性を持ち、なおかつ結果を出した上でのこの発言だ。薄給の業界を盛り上げようとしているクリエイター達にはどう映るだろうか。

 

おそらくこうだ。

ビジネスマンとしてのキンコン西野は彼らにただ働きを要求し、クリエイターとしてのキンコン西野は金を要求する彼らをセコいと罵っているのだと。

 

つまりクリエイターたちを本当に怒らせたのは彼の発言の内容よりも、その発言をした彼の立ち位置なのである。

 

すでに再三言われていることであり私自身も思うことだが、彼は理論的におかしいことは言っていない。ビジネスマンとしては有能だし、クリエイターの気概としても立派だろう。ただその両方に属した彼の立場から発せられる、芸能人としての持ち味である(らしい。彼が芸能活動をしているとき私はTVを見ていなかった)「しゃべり」がクリエイター達には挑発的に捕らえられた。まとめるとただそれだけの事である。

 

 上記にあるリンクから引用させていただくが「クリエイターは価格を自分自身で決める」とある。私自身クリエイター関連の仕事をしていたがそう思う。それができない状況や技量なのであれば耐え忍び精進するしかない。

 「西野さんが絵本を無料で公開したことは海にコップ一杯の水を投じた程度の影響しかない。」ともあるように、この件を持ってクリエイターに無償を迫るような奴はそういう機会を狙っていたに過ぎないだろう。

 

まとめると、今回は定例通り(?)キンコン西野さんが嫌われただけであり、今後彼がさらに高みに上ろうが、あるいは没落の一途を辿ろうが、他のクリエイター達の境遇にはあまり影響はないと思うのだ。